エドワード・ルトワックの戦略論

 

エドワード・ルトワックの戦略論

エドワード・ルトワックの戦略論

 

 

 

 今回紹介する本は、現代の戦略研究の大家として著名なエドワード・ルトワックの、長年邦訳が待ち望まれていた代表作、戦略論です。

 平和を望むなら戦争に備えよ、という言葉に象徴されるように、軍事には様々な逆説が存在します。著者はそれを、戦略の「逆説的論理」と名付け、軍事行動の全域に存在する、中心概念と捉え戦争の複雑でダイナミックな様相を描き出そうとしています。

 例えば、自軍が怒涛の勢いで快進撃していても、それが補給線の限界を超えてまで進めば自軍は疲弊し、逆に追い込まれた敵側は後方支援を受けやすくなってより戦線が泥沼化するかもしれません。

 また、地域紛争や小規模な国家同士の戦争への人道的介入や外部の支援による休戦は、かえって当事者の交戦能力を温存させ、かえってリスクを長期化させるかもしれません。勝利や成功にも極限点があり、その領分をこえた軍隊はかえってその成功ゆえに脆弱性を露呈し、敗北に陥るというのです。勝ち戦で慢心していたら相手の必死の猛攻に…と言うのはよく聞く話ですね。また、ある軍隊の強みも状況次第では盲点を生み、弱みとなる、というレベルの話も一種の逆説的論理でしょうか。なんだか荒木先生の「真に怖いのは弱さを攻撃に変えた人間」みたいですね。

 一気にしょうもない話になりますが、我々艦これ提督的にも、イベントに備えレベリングをし開発をして戦力を鍛えようとしたら資材が減り、資材を溜め込めばレベルが足りなくなるかもしれない、という恐れと常に隣り合わせです。大型艦が必要だからと大型建造なんかしたら…これは逆説でもなんでもなく単に欲望に弱いだけですね。艦これは敵からは攻めてこないからいいものの、もし敵から攻めてきたらまさに補給が間に合わないレベルで進みすぎて轟沈という考えただけで絶望的なミスが多発することでしょう。

 というくだらない話は置いといて、逆説的論理というだけなただけなら「なんだ、戦略研究という割には言葉遊びみたいな、レトリカルな話してんなあ」と感じる人もいるかもしれませんが、本書の強みは膨大な戦史の具体例でそれを補強し、軍事へのトータルでシャープな認識を構築していることでしょう。

 逆説的論理、というものが戦略において顕著なのは、それが人の営みの中でもトップクラスに大規模で複雑で、様々な主体が密接に入り組んだ相互行為であることでしょう。軍隊一つとってもかなりの人数がたくさんの部隊に分かれ、自国や相手国の民衆や政治家の思惑、感情も戦略にはダイレクトに、しかも混沌とした形で絡んできます。

実際の戦闘行動ともなれば、リアルタイムで部隊が前進しそれを敵が迎え撃ちさらに味方と敵の戦いでも刻一刻と戦況が移り変わりそれが命に関わり…とその複雑さと即時性、そしてその重要性は日常の多くの出来事とは違う次元の物を感じます。

本書の最大の強みは、「逆説的論理」という概念を軸に、まさにそうした複雑な軍事行動の全体像を核心から描き出し、それを見据えた軍事論を構築するのに成功している点でしょう。四半世紀以上も邦訳を待たれていただけある傑作です。

 

 著者のルトワックはそのパラドキシカルで挑発的な主張から多くの論争を巻き起こし、静かな評価を拒む人物でもあるので、とりあえずルトワックについて知りたいなら、石津朋之「大戦略の哲人たち」が、ルトワックにかぎらずマイケル・ハワードやクレフェルトなど現代の代表的な軍事研究家の思想を解説していてオススメです。

 

大戦略の哲人たち

大戦略の哲人たち